東京地方裁判所 昭和60年(ワ)9741号 判決 1986年7月22日
原告
木本幸雄
日本国民権利擁護連盟
右代表者理事長
木本幸雄
右両名訴訟代理人弁護士
田宮甫
堤義成
齋喜要
鈴木純
行方美彦
被告
第一国際タクシー株式会社
右代表者代表取締役
波多野康二
右訴訟代理人弁護士
神岡信行
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告木本幸雄に対し三三〇万円、原告日本国民権利擁護連盟に対し三三〇〇万円及び右各金員に対する昭和五九年一二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告木本幸雄(以下、「原告木本」という。)は、昭和五九年一二月一七日午前九時三〇分頃、東京都千代田区永田町二丁目一九番地先交差点において、小川三千男の運転する普通貨物自動車(品川一一せ一〇四五、以下、「被害車」という。)に乗車中、同交差点を右折しようとした同車の右側後部に大内治夫(以下、「大内」という。)の運転する普通乗用自動車(練馬五五か五五四三、以下、「加害車」という。)の左前部が衝突したため、頸椎捻挫(外傷性頸部症候群)の傷害を負つた(以下、「本件事故」という。)。
2 責任原因
被告は、加害者を所有し自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。
また、被告は、一般乗用旅客自動車運送事業を営む者であるところ、大内は、被告の従業員として右事業に従事していた際、前方を十分に注意し先行車両の動向を確認しつつ運転すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然加害車を進行させた過失により本件事故を起こしたものであるから、民法七一五条一項により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 原告木本の損害 合計三三〇万円
(1) 慰謝料 三〇〇万円
原告木本が本件事故による受傷のために被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、三〇〇万円が相当である。
(2) 弁護士費用 三〇万円
原告木本は、本件訴訟の提起及び追行を原告代理人らに委任し、その報酬として請求金額の一割を下らない金額を支払うことを約した。
(二) 原告日本国民権利擁護連盟(以下、「原告連盟」という。)の損害 合計三三〇〇万円
(1) 休業損害 三〇〇〇万円
原告連盟は、理事長である原告木本が主宰する独立の法人格を有しない政治団体であり、原告木本の個人団体的色彩を強く帯びている。そして、原告木本は、政治資金団体日本株主協会の代表者として自らが中心となつて会社などの各種団体から政治資金を収集するとともに、個人の立場でも各種団体から寄付金を収集し、これを原告連盟に寄付しており、原告連盟の収入源である寄付金は原告木本の直接の収集活動に依拠しているため、原告連盟にとつて原告木本は余人をもつて代えることのできない不可欠の存在であつて、原告木本と原告連盟とは法形式上は別個の存在ではあるが、実質上は一体関係にある。したがつて、原告木本に対する本件加害行為と同人の受傷による原告連盟の寄付収入の減少との間には相当因果関係が存在するというべきである。
ところで、原告木本が日本株主協会の代表者として又は個人の立場で各種団体から収集して原告連盟に寄付した金額は、昭和五八年度には六六六五万円に上つているところ、寄付金収入は、予算編成期の一二月から一月及び株主総会開催期の五月から七月に集中しており、右寄付金の約八割がこの時期の収集活動によるものである。
ところが、原告木本が、本件事故による受傷により一一〇日間入院し、また退院後も平均週三回通院したことにより、予算編成期及び株主総会開催期における寄付金の収集活動が十分に行えなくなり、少なくとも三〇〇〇万円の寄付金を収集することが出来なかつたため、原告連盟の寄付金収入も少なくとも三〇〇〇万円減少し、原告連盟は同額の損害を被つた。
(2) 弁護士費用 三〇〇万円
原告連盟は、本件訴訟の提起及び追行を原告代理人らに委任し、その報酬として請求金額の一割を下らない金額を支払うことを約した。
4 結論
よつて、被告に対し、自賠法三条及び民法七一五条一項に基づき、原告木本は右損害金三三〇万円、原告連盟は三三〇〇万円及び右各金員に対する本件事故の日である昭和五九年一二月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の各事実はいずれも認める。
2 請求原因3(損害)の事実はすべて知らない。なお、本件事故による原告木本の受傷と原告連盟の主張する損害との間には相当因果関係はないというべきである。
三 抗弁(和解契約)
被告は、昭和五九年一二月二六日、原告木本個人及び原告連盟を代表する立場にある同連盟理事長原告木本との間で、本件事故による原告連盟及び原告木本の一切の損害の賠償として四〇〇万円を支払うことを約し、右和解契約に基づき四〇〇万円を既に原告木本に対して支払ずみである。したがつて、被告は、原告木本及び原告連盟に対して何らの損害賠償義務も負担していない。
四 抗弁に対する認否
原告木本が被告から四〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。右金員は原告木本に対する見舞金として受領したものであつて、慰謝料の趣旨で受け取つたものではない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二そこで、請求原因3(損害)の事実について判断する。
1 原告木本の損害について
<証拠>によれば、原告木本は、本件事故による受傷により昭和五九年一二月一七日から昭和六〇年四月五日まで一一〇日間入院し、退院後も口頭弁論終結時まで平均週三回通院したことが認められる。
ところで、本件事故の態様は、本件事故現場の交差点を右折しようとした被害車の右側後部に加害車の左前部が衝突したものであることは前記のとおりであるところ、<証拠>によれば、本件事故による加害車の損壊の程度は左前部分方向指示器が破損したにとどまる一方、被害車も右側後部フェンダー付近の車体を少し凹損したに過ぎないものであることが認められるうえ、本件事故による原告木本の受傷が他覚的所見の乏しい頸椎捻挫(外傷性頸部症候群)であることは前認定のとおりであるが、原告木本の入通院期間が長期に及んでいることなどを考えあわせると、原告木本が本件事故による受傷のために精神的苦痛を被つたものというべく、これを慰謝するため、被告に対し相当額の慰謝料を請求しうるものと認めるのが相当である。
2 原告連盟の損害について
<証拠>によれば、東京都選挙管理委員会を通じて自治省に提出した収支報告書には、原告連盟の昭和五八年分の寄付収入に比べ、昭和五九年分は二九一三万円、昭和六〇年分は二三〇〇万円それぞれ寄付収入が減少した旨の記載があることが認められる。
そして、原告兼原告連盟代表者は、原告連盟は、原告木本を理事長とし、原告木本を含めた六名の理事、事務局及び青年行動隊で構成されており、会員数は二万七九一一名を数える組織体であるところ、原告連盟が直接にあるいは日本株主協会を介して受けるべき寄付金が減少した理由は、原告木本が本件事故による傷害を受けて長期間入通院したことにより、例年大手企業からいわゆる餅代としての寄付が集中する年末、年始と大手企業の株主総会開催前にいわゆる総会屋対策資金として集中的に寄付を受ける五、六月ころに、原告木本自らが寄付を受けるべき会社に赴くことができず、しかも、三年前の商法改正により、寄付を受けるべき会社が、寄付をしたこと自体の秘密の厳守を強く求め、原告木本が赴かない限り、寄付をしないようになつたため、他の者が代理で会社を訪問したり銀行振込等の方法によつては寄付を受けることができなかつたことによるものである旨供述している。
しかしながら、そもそも、原告連盟が総会屋対策として受ける寄付が果して法的に承認されうる正当な収入といえるかどうか疑問があるうえ、経験則上、政治団体に対する寄付というのは、これをするかしないかあるいはどの程度の金額をするかどうかが寄付者の自由意思に委ねられ、また、時の政治経済情勢や寄付団体の財政状態等によつて変わりうるものであるから、過去の一時期に受けた寄付金の金額を基礎にして翌年以降の寄付金額を高度の蓋然性をもつて推認することは不可能な性質のものであるのみならず、原告木本の前記受傷の内容、程度によれば、原告木本が退院後自ら寄付を受けるべき会社を訪問することができなかつたとは認められず、また、原告兼原告連盟代表者が供述するような原告連盟の組織、陣容に照らすと、原告連盟が原告木本の代理人又は使者を介して寄付金を集めることに格別の支障があつたとも断じ難いといわざるをえない。
したがつて、原告連盟の昭和五八年分の寄付収入のみを根拠として昭和五九年分及び昭和六〇年分の正当な得べかりし寄付収入を算定するとともに、寄付収入減少の要因をもつぱら原告木本の受傷による入通院にあるとする原告連盟の主張は、合理的根拠を欠くといわざるをえない。したがつて、右主張に沿う原告兼原告連盟代表者の供述は到底採用することができず、他に、原告連盟の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、原告連盟から被告に対する休業損害及びこれを前提とする本件訴訟追行のための弁護士費用の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三進んで、抗弁(和解契約)について判断する。
被告が原告木本に対して四〇〇万円を支払つたことは当事者間に争いはないところ、右事実と<証拠>を総合すると、被告は、昭和五九年一二月二六日、原告木本との間で、本件事故による原告木本の損害のうち、治療費を除くその余の一切の損害の賠償として四〇〇万円を支払うことを約したこと及び被告は、右和解契約に基づき原告木本に対し前記四〇〇万円を支払つたことが認められる。
原告木本は、右金員は原告木本に対する見舞金として受領したものであつて、慰謝料の趣旨で受け取つたものではないと主張し、併合前の原告木本本人の尋問においてその旨供述するが、既に認定した本件事故の態様、本件事故による原告木本の受傷の態様及び程度並びに被告から原告木本に対して支払われた金額などの諸事情に照らすと、これを信用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
したがつて、原告木本の被告に対する慰謝料請求権は、和解契約及びこれに基づく和解金の支払により既に消滅しているというべきであるから、原告木本の被告に対する慰謝料及びこれを前提とする本件訴訟追行のための弁護士費用の請求も、また理由がないことに帰する。
四以上のとおり、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官宮川博史 裁判官潮見直之)